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相続前に相続人が財産を使い込んでいた
父親は10年以上前に亡くなり、母親は認知症で介護施設に入院しています。実家には兄が住んでいて、妹の私は遠くで結婚生活を送っていますが、その兄が勝手に母親の口座から現金を引き出して使っているらしい形跡があります。兄が勝手に使い込んだ財産は取り戻せるでしょうか? それとも、このまま諦めるしかないでしょうか?
相続前の対応策
被相続人であるお母さんが認知症だとすると、ご自分で口座の状況について判断することは難しいですね。でも、明らかに知らない多額の引き出しがあったり、相続予定の財産金額が違ったりする場合は、きちんと調べることが大切です。被相続人(このケースだとお母さん)の遺言書に指定がない限り、勝手に使い込まれた相続財産は取り戻すことが可能だからです。
(1)使い込まれたお金の取り戻し方
法律で定められた「不当利得返還請求」という手続きを行えば、勝手に使われた相続財産を取り戻すことができます(民法第703条)。不当利得返還請求とは、「正当な理由もないのに他人に損失を与えて利益を得た人は、損失者に対して利益を返還しなければならない」という規定です。つまり、仮に正当な理由もなく被相続人相続財産を使い込んだ相続人は、そのことで損をした他の相続人が「不当利得返還請求」を行えば、使い込んで得た利益を返還しなければいけないわけです。
(2)不当利得返還請求で取り戻せる金額は?
取り戻せる金額は、「不当利得返還請求をした相続人の法定相続分まで」となっています。たとえば、お兄さんが使い込んだ金額が2,000万円だとしても、相続人(このケースでは相談者)の法定相続分が1,000万円の場合、取り戻せる金額は1,000万円までとなります。
(3)不当利得返還請求をするために必要なもの
不当利得返還請求をするためには、証拠となる資料を提出する必要があります。このケースの場合は、被相続人(お母さん)の通帳はもちろんのこと、誰(お兄さん)がお金を引き出したのかを証明するものが必要になります。
(4)「お母さんのために、お金を引き出した」と言われたら?
もし、お兄さんに「お母さんに依頼され、生活費や介護のために引き出した」と言われたときは、まず、「銀行口座から引き出された金額と、実際の生活費や介護費にかかった費用に差がないか」をチェックしましょう。差が生じたときは、お兄さんが使い込んだ金額が把握できるはずです。また、お母さんの認知症が重度の場合は、「いつごろから判断できなくなったか」を確認できるカルテや診断書も必要です。
(5)話し合いが困難であれば、弁護士に相談
お兄さんに事情を聞いてみても、不審な点がぬぐいきれない場合や、相続人(相談者)の請求に応じない場合は、弁護士に相談するという方法も考えられます。トラブルが長期化、あるいは泥沼化していけば、最終的には裁判を想定した交渉をする必要がありますので、やはり相続のプロである弁護士に相談するのが、後々のためにもなると思います。
(6)最後の手段は、裁判所への訴訟
弁護士に相談した後、交渉によって解決をめざすケースもありますが、それでも相手が応じない場合は、裁判所に訴訟の提起をすることになります。ただ、親族間の裁判沙汰となると、いろいろな面でストレスになることもあるかもしれませんので、それなりの覚悟が必要ですね。
相続案件は基本的に家庭裁判所が管轄していますが、不当利得返還請求をはじめとする金銭債権の請求事件については、訴額が140万円以下なら簡易裁判所、それを超える場合は地方裁判所の管轄になります。また、裁判は相続人(相談者)の住所地を管轄する裁判所、あるいは使い込んだとする相続人(お兄さん)の住所地を管轄する裁判所で行うことになります。
なお、初めから不当利得返還請求訴訟を起こさずに、遺産分割調停によって公平な遺産分割を模索するという手段もあります。
★まとめ★
相続財産を使い込まれることはよくあるケースですが、相続分までであれば取り返すことが可能です。万が一、そのような事態になった場合は、冷静に状況を把握してしっかりと対応し、厳しいことになったら弁護士とか司法書士といったプロに相談しましょう。
★用語解説★
- 不当利得
民法第703条は、「正当な理由もないのに、他人の損失によって利益を得た人は、その損失を受けた人に対して、受けた利益を返還しなければならない」という内容の規定です。この「正当な理由のない利得」のことを「不当利得」といい、ます。不当利得を返すよう請求する権利のことを「不当利得返還請求権」といいます。 - 法定相続分
民法で定められた各相続人の取り分のことで、遺言などがない場合に、「このように財産を分けるのが、もっとも良いのではないか」と決めている分け方です。相続人同士が話し合って分割割合を決める遺産分割協議においては、その相続分は自由に決めていいことになっています(民法第900条)。